オリビアの太陽
とある噂がアークエンジェル内を駆け巡っていた。 それは口さがない一般兵の間だけでなく。 「それ本当なのか?」 「らしいぜ。抱き上げて部屋に入ってくとこ見たって言う奴もいるし。」 ブリッジでの下士官組みが話すそれはブリッジで話すようなことではないゴシップの類の話だ。ナタルかマリューでもいればにらまれるだろうがいまはその席にはいない。 そのくせ語る顔には沈痛な表情。 「しかたないっちゃ仕方ないんだろうけどさ。」 軍の命令だから。 彼らにとってそれは全ての理由になる。 「でもまだ餓鬼だぞ?信じられるか?」 しかも少女めいた顔立ちではあるが男なのである。 そう。彼らが噂しているのはこの戦艦に乗る民間人の少年。 『キラ・ヤマトについて』だった。 そして今彼にまつわる問題は性的な虐待に近い問題で。 「かわいそうに、な。」 「大尉も辛いでしょうね……」 なんと言ってもこの戦艦でたった一人同じパイロットだ。 生来の面倒見のよさとキラの人懐っこさも相まっておそらく一番仲がいい。 辛くないわけがない。 情けないと思わないわけがない。 「どうしてそこまでするんですかね……」 その力が凄いとは思うけれど。 その力が今のアークエンジェルには必要なのだとは思うけれど。 これから先、物資および人員の補給をして、それでもなお留めて置かなくてはいけない理由がない。 彼は地球軍の軍人ではなくオーブの民間人なのだから。 それを虐待して。 縛り付けて。 そこまでして守るべきものはなんなのだろう……? 「なにがですか?」 自分の持ち場であるコパイロット席に滑り込んでトールは聞いた。 気まずげに口を閉ざしたもともとの軍人たちに、キラの話なのだと知る。 軍人のなかで話題になるのはキラのことが多いし、それに実を言えば聞こえていたから。 聞こえた話の断片。 それだけで分かってしまいそうな恐怖。 彼らには信じられない話で。 忌まわしくて、おぞましい話。 そんな目に友達があってるなんて思いたくなかった。 でも目隠しをし続けるわけにはいかないんだ。 キラのいるところはたいてい決まっている。 だから時間さえ取れれば見つけるのは案外簡単なのだ。 「キラ。最近どこで寝てるんだ?」 「トール?どうしたの?」 きょとんとして首をかしげるのは、別に心配させないようにとかそんな様子はなくて。 変わっていないようで。 「キラっ!」 いらだたしい。 何も言ってくれないキラが。 何も教えてくれないノイマンたちが。 何もわかってやれない自分が。 その感情のままに伸ばした手は。 『第一戦闘配備!繰り返す。第一戦闘配備……』 けたたましいアラートの音にハッとキラが顔を上げる。 困惑したようなお人よしのキラらしく、押しのけられるのにそうはしないでどうしたらいいかわからない顔をしていたキラがその手をやんわりとはずした。 簡単にあっけなく離れる手。 「行かないと……」 「キラっ!」 「ほら。トールもいかないと怒られちゃうよ?」 そう言ってキラは笑って。 鳴り響くアラートに駆け出した。 彼に会える。 それはたとえMS越しでも。 たとえ敵としてでも。 会えるというそれが全て。 |