ビア


音楽をたしなむために鍛えられた耳が、声を拾った。

<……ラン……け……て……>

戦闘中の命令が聞こえるように開いた回線の中を。
ざわざわとノイズ交じりの声が聞こえる。

<……く……ハヤ…く>

言っていることがわからなかったから、ただ綺麗な音だと思った。
綺麗な旋律。
キレイな音。
けれどそれは知らない声。
ガモフから出ているのがイザークとディアッカと僕。
ヴェサリウスからアスラン。
ジンは一機もでていなくて、地球軍から奪ったXナンバーだけで。
そうして決して仲がいいとはいえなくても、同じ隊の同じ赤の近い歳の仲間の声が分からないはずがなくて。
ならば残ったのはもう一機のXナンバー。
唯一地球軍に残った虎の子ストライク。
それにに乗る敵の声。

こんな声の持ち主がストライクを駆っているんでしょうか?
綺麗で透明な声。
何をも望まない。
名声も戦果も褒章も。

ただひたすらに。
救いではなく罰を求める。

双方に決定的な被害はなく。
バッテリー切れで引き上げていく。
ブリッツも引き上げようと反転しかけて。

<早……ぼく……殺してよ……アスラン……>

「えっ……?」

思わず機体を動かす手を止めた。
なんと言った?
誰の名を呼んだ?


『殺して』

『アスラン』


いったいなんだ?


<ニコル。どうした?>
<何をしているっ>

アスランとイザークの不振げな声といらだった声にはっとしてレバーを握りなおす。
聞こえたのはきっと僕だけ。
そうじゃなくちゃこんな反応はない。

だから聞き間違いもあるかもしれない。
それに、アスランという名前の人が他にいても不思議はない。

だけど・・・・・・

殺してっていう言葉は解釈の変えようがなく。


「すいません。すぐ帰投しますっ!」


慌てて答えて。

モニターの端のストライクをもう一度だけ見て。
その声が聞こえないかもう一度確かめて。
けれどノイズが聞こえるだけ。