ビア



気が付くとじっと見つめる視線がある。
視線には慣れてはいるが、いつもとは違う目でみられればいい加減ため息もつきたくなるものだ。

「ニコル?どうしたんだ?」

何もいうでもなく、ただちらちらと視線を向けられるのは気配に聡い人間なら気になる。
いい加減言って欲しい。
そんなに言いずらいことなのだろうか?
ここでそんな話題があっただろうか、とふと考える。
足つきを追い、ストライクを追い回すだけの今の状況で。
そしてガモフとヴェサリウスという艦は違えどほとんど同じ環境で言いずらいほどの事柄なんて。
もしそんなことがあったとしたらもったいぶっているのではなく気遣ってくれているのだろうとは分かるけど。
キラとの戦闘の後でイライラしている今はニコルのその気遣いは鬱陶しい。

「アスランは……」

やっとニコルはいいさして、そしてまた口を閉じる。

なんて聞けばいいんだろう?

『ストライクのパイロットをどう思いますか?』
『ストライクのパイロットを知っているんですか?』

それとも。

『ストライクのパイロットを敵だと思っていますか?』

前者二つには否と返ってくるはずで。
後者には是と返ってくるはずだ。

アスランならきっと迷わずに。
でもそれならあの人が呟いた言葉は?

この状況で『アスラン』が名前の同じ別人物だなんてそんな偶然、あるのだろうか?
可能性は限りなく低い。
だったらアスランと知り合いのコーディネイターという線のほうが可能性が高いだろう。
そうしたらストライクのナチュラルらしかぬ動きも、最初のころのアスランらしくない行動の理由もわかるのに。

「ストライク」

逡巡の後、ポツリと零された言葉にピクリとアスランの肩が揺れる。
それから落ち着くようにやけにゆっくりとアスランは口を開いた。
それは気にしすぎだろうか?

「ストライクが、どうかしたのか?」

それには答えずに。

「僕がピアノやってるの知ってますよね?」
「ああ。」

なぜそんなことを言い出すのか分からないという顔でアスランは首をかしげる。
いまさら確認することでもない。
ニコルの趣味がピアノで、小規模とはいえコンサートを開くことは周知の事実だ。

「耳が鍛えられてるんです。」

だから聞こえたのだと。

「殺してっていったんです。」

「えっ?」

「知らない声が『殺して』と『アスラン』と。言ったのが聞こえたんです。」
「なっ……」

絶句という反応。

「知らない声でしたからどう見てもストライクのパイロットでしょう。」

それだけを、事実だけを言って。
そうしてアスランの顔を見て驚く。
怖いくらいの顔でにらんでいた。
もちろん僕ににらんでいるわけでなく。

「隊長の所に行ってくる。」
「アスラン。」

ああ、と。
想像が正しいのだと悟る。

「ごめんニコル。後にしてくれないか?」

「いえ。これだけは聞かせてください。ストライクのパイロットはあなたの知り合いでコーディネイターなんですね?」

「……そうだ。」

本当に一言だけ答えて。
飛び去るように出て行った。

「想像はしてましたけど……」

それにしてもアスランがあんなにも感情をあらわにするなんて。

ああ。あの人はどんな人なんだろう?









どうして?
守りたいから戦うのだと彼は言った。
それなのに……

「何があった?」

殺してなんて。
そんなことを言うなんて。

でも。

「それなら。それくらいなら……」

俺のところに連れてきてもかまわないだろう?キラ。