A kingdom of quietness 0-2




動きの止まった狭い空間の中で息を潜めてハッチが開くのを待つ。
メサイアの中に入ったのだ。これから先は歩いていくしかない。
人間サイズに作られたその通路はモビルスーツには小さくて進めない。全部切り裂いて行くというなら別だけれど、そんな破壊者にこの先に用はないだろう。
体を固定していたベルトを外して銃を構えて備える体勢をとる。視界は悪いが、まだヘルメットを外すのは躊躇われた。計器はカバーが割れていて空気があるのかどうかいまいち心もとない。
いくら投げやりでもここまで来て棄てるものなんてないし、油断はできない。持ち上げる”何か”が見えた時点でそれが神様だなんて選択肢は当の昔に消えていた。
モニターは生きている。
そう、何が持ち上げて運んだのかその正体くらいは分かっていた。




静かに開かれていくハッチに銃口を向ける。むやみやたらと発砲する気はないが、向こうが撃ってくるなら容赦はしないつもりだった。
銃を持った華奢な人影は薄暗い中さらに逆光で顔は見えないが、ほっそりとした同じくらいの少年だった。勿論アスランがああいう容姿だからある程度年恰好としては想像していた通りではあった。
ピッタリとしたパイロットスーツでは体の細さを強調され、下手をしたらルナよりも細いんじゃないかと思わせる。
だが、その人は。
けれど、そいつは。

「君が望んだ場所へ行くにはもう少し歩いてもらうことになるんだけれど」
「おまえっ……!!」
「初めまして、かな」

上がりきったハッチの向こうで穏やかに笑う口元が見えた。

「僕がフリーダムのパイロットだ」

だから僕が行く場所に連れてきたんだ、と彼はそう言った。
眩暈がするような感覚に襲われて思わず引き金を引く。
別にもう動かなくなった機体に当たっても構わなかったし、目の前の人間を殺したい衝動に駆られたわけでもない。
めちゃくちゃに撃った弾は兆段して赤い色が頬を伝う。
自分に当たった事は熱がじわりと走ったことで分かった。
そいつは驚いたように身を引こうとして、それから慌てたように身を乗り出した。

「ちょっ……君、大丈夫!?」
「五月蝿い、偽善者!」
「は?今はどっちかって言うと悪者だと思われてるんだと思ったけど……」
「そんなの俺が知るかよ!」
「知っておこうよ、君ザフトなんだから」
「ていうか偽善者だって立派な悪人だ!」
「そうだけどなんか違うような……」
「じゃあなんなんだよあんたは!?」

もう一発弾丸が飛び出す。それになのかくだらない応酬になのかプチンときたように口調が豹変した。

「あーもう君は一体何がしたいんだよ!」
「は?」

思わずまぬけに聞き返して動きを止める。まじまじと見た人は真剣で、さっきのずれた会話を思わせない。
……いや、だって、そんな会話を続けていたのはあんたもだろう。
そう思うのだが、そのまぬけ面が気に食わなかったのか、彼は冷たく言い切る。

「僕はこんなことをしている暇はないんだ」
「……っなんだよ、それ!!」

馬鹿にしている。俺なんかに構っている暇がないなんて。
眼中にもないなんてそんな態度は頭にきた。
憎悪と言う名の執着は元々は憧憬に一番近い感情である。愛と憎しみは紙一重というけれど、相手にしてもらえないのがどちらも一番頭にくる。そうしてその可能性は高いのだ。一方的な感情は相手に認識されていないことが多く、自分にとって特別であっても、相手にとってはその他大勢のにんじんかぼちゃたまねぎだ。

「ならなんで態々俺なんか連れてきたんだよ!」

時間を気にするというのなら一人で来た方が格段に早い。
それは物理的なスピードという意味でもそうであるし、その後に起こるはずの騒動にしてもそうだ。
敵、なのだ。どんな反応にせよ一騒動ある想像なんて簡単だ。
だが、彼はシンを連れてきた。態々破壊しつくしたメサイアに突入する前に通信まで入れて、彼の意思を問う。シンの答えは彼の進む先だったけれど、答えが違ったらどうするつもりだったのだろう。
透明な瞳からは真意は分からない。故意に隠しているようには見えないのに。

「泣いてたからだよ」

意味不明なことを口走ってくれる人に毒気を抜かれて口を半開きのまま出るはずだった声を止める。
涙の痕などない。ほんの少し水滴がヘルメットの内側に着いていたこともあるかもしれないけれど、付属の機能で吸い取られたし目が腫れるほどのことではなかった。それにこの距離でヘルメットを被っていて、見分けなんてつくはずがないのだ。
小さく首を振って彼はまた一つ表情を変える。

「君は、見た?」

一語ずつ切るように発音された台詞は慎重に確かに確認するように。

「なに、を」

捕まって逸らせない視線が水分を吸い上げていくようにからからと口の中が干上がっていく。
鋭いわけじゃない。斬るような鋭さも、刺すような鋭さも、彼は持たない。
他者を圧倒し、押し退ける要素など何処にもないのに、ただ真っ直ぐに向けられる視線は。

「何を、か……いろんなことだよ。議長の言っていることも、レジェンドに乗ってた彼が言っていたことも、カガリが言っていることも、アスランが言っていることも、ラクスが言っていることも。ディスティニープランを人がどう考えてるかとかね。そうだな……適当な言葉かなんて分からないけど……」

吊り上げた口元が神々しいまでの笑みを形作る。

―――――――世界と人の夢」

厳かに告げられる広義すぎる言葉。
それを吐きだした人の表情に、雰囲気に、思考を奪わせる。肯定か否定かなんて関係なく頷くことしか彼に与えない。

「見るといいよ」

差し伸ばされた手は血塗られているはずなのに、とても綺麗に見えて。
思わず手を伸ばしてとってしまった。










所々瓦礫に埋もれた通路は電気が切れて薄暗く、ちかちかと瞬く明かりは逆に空虚に感じられる。
倒れた柱が時々広い通路の中で迂回をさせるが、塞がるまでには至らずに歩みは止まることはなかった。
誰とも会わず、何事もなく、キラは進んでいく。その後をやや追うようにしてシンも。
「そんなにスタスタ歩いてって平気なのかよ」
「こんな所に残ってる根性ある人なんかいないでしょ」
中心区分までの崩壊が始まった時点で放棄され、人は逃げているはずだ。
一応の警戒はしているが、進みが遅くなるほどの警戒は必要ない。
「ていうかあんた道分かるのかよ」
「まぁなんとなく」
「なんとなくって!?」
「道なりに行けば着くんじゃないかなって」
「着くわけないだろ!ここはザフトの移動要塞なんだぞ!!」
どうしてそんな適当でパカパカ進んでいくんだと、力一杯の台詞にきょとんとした顔を返す。
要塞というのは分かり辛く作ってあるのが普通だ。宇宙に作られたそれはブレーン
(脳)の役割が強いといっても兵の補給ラインでもあり、兵器でもある。だからこそ進入しづらいように複雑なつくりになっていなければならない。
だが
――――キラがその事実を知るわけがないのだ。
要塞なんてそんなものに入ったことはない。見取り図くらいハッキングして見れないこともないが、そんな必要がある位置に居ないのだ。だから知らない。それでもどうにかできるだけの運も技術も持っていて。
「だいたい俺居るんだからわかんないなら最初に聞いとけよ!!」
情報収集なんか常識だろと叫べば振り返った顔が驚きに彩られる。
今はもうヘルメットも取っていて表情もよく分かる。それこそ目の大きさだって分かった。
「……君、分かるの?」
心底驚いたように丸く開かれた瞳にシンはカチンとくる。
「一応俺はザフトのエースだぞ!」
噛み付くような台詞にも自慢や尊大とは感じない。きゃんきゃんと吠え掛かる子犬のような微笑ましさすらあった。”一応”と頭についていたことも要因かもしれない。
「なんであんたはそう考え無しなんだよ!本当にフリーダムのパイロットなのか!?」
「別に考えてないわけじゃないけど」
「嘘付け!」
「失礼だなぁ」
苦笑するようにへらりと笑うキラに最初の神々しいイメージは今はない。
だが、イメージなど簡単に変えられる。所詮それは作るものだ。誰でも簡単に人をのむ雰囲気など作れるものでもないけれど。
「じゃあなんでこんな、あんな、意味わかんないことばっかりやってるんだよ!!」
アスランにも似たようなことを言われたことが脳裏を過ぎる。
彼らにしてみれば、ザフトにしてみれば、そう思われても仕方のない行動なのだろう。分かっていたからアスランに言われたときですら泣くことはなかった。まったく悲しくなかったわけではないけれど、ミリアリアやカガリが怒ってくれたほどには傷ついてはいなかった。
―――――ただ、かなり頭にくる台詞ではあって。
「君はじゃあディスティニープランで幸せになれると思ってる?本当に、平和で皆幸せな世界になるって?それこそ考えなしの愚者だね」
正しく聞こえるその言葉も、その奥を見なくては分からない。
奥がない言葉は信用できないけれど、見えた片鱗に違和感を覚えてもまた信用はできないのだ。
違和感は唯一つ。ラクス・クラインの暗殺部隊だった。
綺麗で、甘美な言葉。それさえなければ信じてもいいかもしれないと思えた。それくらい本当に真摯で痛切な願いで希望。
それでも最後は焦ったのか穴だらけで力押しなその計画に嵌ってしまった人が愚かなのか、嵌めてしまえる彼が凄いのか。
戦争を憂える心は本当で、一時的にでもナチュラルとコーディネイターを団結させただけに厄介だ。
それはキラたちも夢見る理想の形だ。

けれど、なら、これは、なんだ。

薙ぎ払われた敵味方関係のない軍隊は。滅ぼされた国は。滅ぼされそうになったオーブは。
殺されそうになったラクスは、アスランは。

「僕の大切なものは皆要らないって切り捨てられた。僕も多分要らない側だ」

多分そういうことなのだろう。
これから生まれてくるならまだいい。始から要らないものなど作らない。
だが、今生きているのに要らないといわれてしまったらどうしろというのだ。調律された世界から居なくなれと、死になさいとそういうことなのだろうか。

それに……

「作られた運命なんて興味ないよ」

作られた命がここにある。運命を定めてしまうというディスティニープランはそんな存在を沢山作り出すということ。否、全てをそんな存在にしてしまうのかもしれない。
分からない。ディスティニープランの全容などキラは知らないし、知っていても多分反対することに変わりはないだろう。遺伝子レベルの話になれば、必ずキラの生まれた技術が関係してくる。
そんな悲しい存在はもう
―――いらない。

「ねぇ、君は決った未来が開放だと思う?」

人の業から解放された幸せな人間のありかただと。
生まれ方はどうであれ未来だけは自分で決められるのだと思った。進む道にレールを引かれるのはもうこりごりだと思った。それはキラだけの思いではないはずだ。
唯一変えることができる未来。唯一作ることのできるその先を、決めてしまうことに何の意味があるだろう。
過去を憂い、未来に夢を被せる過去に囚われすぎて幼い子供。
昔の自分を見ているようだとほんの少し思う。

答えられない君に見せてあげよう。

議長の闇を、出来たモノの存在を、夢の裏側を。