IDを偽造することも消し去ることも簡単だった。
情報が管理されているということはいくらでも改竄することが可能であって、IDという形で情報を管理しているところであるならばキラはいくらでも自分の経歴を作り上げるつもりだった。
ただ名前だけは棄てたくなかった。
だからキラの名前は今でもキラ・ヤマトなのだ。
「いいよなぁおまえ」
「……何が」
わいわいとクラス中が賑やかに準備を進める。文化祭というのはやっぱり学校生活では一大イベントらしく、その準備はしっかりと授業時間すら使って行われている。
一応真面目に参加しているシンは手元から目を離さずに適当に応じる。
「何がってもちろんキラ先輩だよ!」
「はぁ?」
「おまえ似てないけど兄弟だろ?」
「……それが?」
答えなんて半ば以上わかっていたけれど、念のため一応聞いてみる。
「それがっておまえ……普通に喋れるじゃん。それに毎日会えるだろ?」
わかってはいるのだ。
あの人がどういった目で見られているか、なんて。
だからこのクラスメイトの発言は予想通りだ。
ただ分かってはいるが、シンの目にどう映っているかというのはまた別で、勿論その発言に肯けるようなら苦労は無い。
「あの人結構つーかかなりずぼらだぞ!!」
「そんなの愛嬌だろ、愛嬌」
あんなのが愛嬌で済むか!と思うのだが、実態をしらないのは恐ろしいとシンは思う。
というか幸せかもしれない。
「顔良し、頭良し、あとなんだあのカリスマ性でチャラだって」
頭が良いのは年上だからとっくに履修した科目であるから当たり前だし、コーディネイターだし―――まぁ確かにコーディネイターの中でも能力は高いらしいけれど。
顔はまぁ……コーディネイターだからやっぱり不細工なわけがない。
カリスマ性というのか、キラには確かに人を引き付けるというか納得させるというかそんな魅力がある。
それは認める。
そうでなければシンは今ここには居ないだろう。
……なんていうか反論できなくなって。
「いいからさっさと縫えよ!」
「おまえが早いだけだっつの」
出来上がりを一枚押し付けて話を逸らす。
並べ立てると反論できなくなるのに感情的には納得できないなんて、なんでこんなに理不尽なんだ。
「無駄にできるよなぁ……おまえ」
摘み上げた暗幕を見てしみじみと言われても誉められているような気がしない。
シンだって趣味で身に着けたスキルではなく、必要に迫られた結果身についてしまったスキルだ。
不器用でそのくせプログラミングだけには突出した才能を持つキラは稼ぎ担当。
オーブ軍ではかなりの地位に居たキラの収入はそれなりにあったし、それ以前のお金も何かで持っているらしい。勿論赤服を着ていたシンもそれなりの貯金がある。
ただそれを使うことは足跡を残すことになりかねない面を持つ。
だから学校に行きながらも裏でプログラマーとして生活費を稼ぐと言う覆面生活じみた人生をキラは送っていて、そんなキラに家のことまで負担させられるわけもなく、縫い物も日曜大工も必然的にシンの分担になる。
キラに任せるよりも絶対的に精神に優しいという理由も無きにしも非ずだが。
「次は何だよ畜生ー!」
男だらけの学校で、そのスキルが重宝されないわけも無く。
やけくそに叫んだシンの元に暗幕がどさどさと寄せられた。
カリカリカリ。
ペラリ。
カリカリカリカリカリ。
(……忙しい)
とりあえず静かでペンと紙とキーボードの音しかしない場所で、キラはペンを動かして紙を捲りながらどうして自分がこんな仕事をやっているのだろうかと首を傾げる。
上がってくる書類は増えるばかりだ。
(僕もともとリーダータイプじゃないんだけどなぁ……)
学校生活ではずっとアスランがいたし、サイがいたからリーダー的存在には事足りていたのだ。
キラ様と呼ばれたり、意見を出したりはしていたけれど、それだってラクスやカガリが後ろ盾に居たからで、どちらかといえばキラはナンバー2以下の一部分にのみ突出した戦力タイプなのだ。
(う〜ん謎だよね……)
目立ったことなんてしたつもりは全く無かったのだけれど。
あえてゆうなら面倒を見てくれた友人が目立っているのだろう、うん。
「先輩。手が止まってますよ」
現在一年の書記・エイダが止まったキラの手を指摘する。
相手がキラであろうと、先輩であろうと気にしないこのしっかり者の後輩は、暢気組みの年長組みとのバランスが取れて丁度いいと評判だ。
ちなみにこの学校の生徒会は副会長二名、会計、書記、会長の5人で構成されている。
「あーうん。ねぇ、生徒会長権限でミスコン中止ってできないかな」
「無理ですね」
「だよねぇ……」
冗談だったので食い下がることもせずに肯定を返す。
そんなことをしたら暴動が起きるに違いない。
普段にもましてキラのエントリーの噂は広がりつつあるから、もっと危険度が高い。
キラの女装は注目度が高いのだ。
人の不幸って蜜の味ってこういうことだよね……などとキラも自分が出るのでなければ楽しむ側だったことを棚に上げて思う。
「それよりちゃっちゃと終わらせてくださいよ」
まだ仕事は沢山残ってるんですよ!と発破をかけてくる後輩にはーいと返事をしながら、減る様子を見せない紙の山に深いため息を吐く。
「……この招待状って送ったってどうせ代理の人が来て適当に挨拶して帰るだけでしょ」
「そうですけど……」
そう言いつつもやらない訳にはいかないそれらの、目に入った文字をなんとはなしに追って一応内容を理解していく途中で。
ピタリ、と手が止まる。
「ねぇ、これってちゃんと議長が見るのかなぁ?」
「まぁ一応目は通すんじゃないですか?」
手を止めたのはプラント宛の、一通の招待状。
一縷の望みはあっさりばっさり否定された。
”それ”をもしも見るのが議長本人ならば、気づいてしまうだろう。
そう多くは無い名前。そう少なくも無い名前。
”自分”のことだとは思わなくても彼はきっと自らもしくはキラを知っている人間を派遣して確認を取るに違いない。
たったそれだけの、ほんの少しの手がかりに縋る程度にしかきっともう残されていないはずだ。
そうまでして探してくれている自信がキラにはあった。
「……なんで校長のサインじゃないんだよl?」
「一応文化祭は生徒主催で生徒会が生徒の代表ということになってるからな」
後輩とキラのやり取りが気になったのか、マキシンがひょいっと覗き込んできて首を傾げる。
「なに?それサインすりゃ終わりの奴だろ?」
「あ〜うん。そうなんだけど……」
そう、なのだけれど。
歯切れの悪いキラにみんなが首を傾げる。
これ以上疑問を持たせるわけにはいかない。一介の学生がプラントの議長と面識なんてあるとは普通思わないからキラの素性を邪推されるだろう。
勿論”議長”と面識があるわけではないし、ぼろを出す要因にもなるほどではないけれど。
「……この文章が変でも僕の間違いって事でしょ?」
「別にそんな真剣に読まないって」
「そうだけどさぁ……自分の所為じゃない失敗まで請け負うの嫌じゃないか」
そんな適当にでっち上げた会話で不振を逸らして。
入れられたサインに溜息を吐いた。